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青堀力(南極料理人)のwikiプロフィール!出身高校や経歴を調査!

2021年2月3日放送の「家事ヤロウ!!!」に一流シェフの一人として出演した青堀力(あおほり ちから)さん。

青堀力さんは元南極料理人ということで話題を集めています!

南極で料理をしていた方なので、プロフィールや経歴などが気になりますよね!

そこでこの記事では、「青堀力(南極料理人)のwikiプロフィール!出身高校や経歴を調査!」と題して、まとめていきたいと思います!

青堀力さん(南極料理人)のwikiプロフィール

名前:青堀 力(あおほり ちから)

生年月日:1975年(月日は不明)

出身地:鹿児島県奄美大島

職業:料理人

趣味:トレイル、マラソン

(出典元:PROFESSIONs

2021年2月時点で、45~46歳の青堀力さん

出身地は鹿児島県奄美大島ですが、お父様の仕事の関係で九州各地を転々としていたそうです。

最終的に地元といえるのは福岡県らしいですよ。

趣味がトレイル、マラソンということで、トレイルランニングの大会などにも出場をしているんだとか。

南極で働いているときも走っていたそうですよ。

南極を走るってどんな感じなんでしょうね?全然、想像ができません(笑)

青堀力さん(南極料理人)の出身高校など学歴

出身高校:福岡県立筑紫高等学校

出身大学:福岡県内の大学の経済学部(中退)

出身専門学校:大阪の辻調理師専門学校

青堀力さんの出身高校である筑紫高校の偏差値は65といわれており、大学に進学する生徒が多い学校です。

子供の頃から食べることが好きだった青堀力さんは、高校時代から料理人になることも考えていました

ですが、まだ漠然としているうえ、高校の先生に

「料理人になるのは大学に行ってからでも遅くない、大学4年間で考えたほうがいい。」

と言われたため、浪人して福岡県内にある大学の経済学部に進学します。

ですが、大学生になってアルバイトをした天ぷら屋さんが、仕込みなどもやらせてくれる環境だったため、料理に対する思いが強くなり中退

大阪にある辻調理師専門学校に通い始めます。

高校の先生に言われて一旦、大学に進学したからこそ、料理に対する思いをより一層確認できたんでしょうね。

 

青堀力さん(南極料理人)の経歴

略歴

1999年~ 辻調理師専門学校卒業後、福岡県のイタリア料理店に就職

2003年頃~ 大分県のイタリア料理店で働いた後、結婚式場でフレンチを学ぶ

2007年~ 第49次南極観測隊に参加

2009年~ 割烹料理店で日本料理を学び、ラトビア日本大使館の公邸料理人に

2011年~ 長野県白馬のスキー場の料理長を担当

2016年~ 第58次南極観測隊に参加

2018年~ 日本海洋事業株式会社の司厨手として働く

専門学校卒業後

1999年に専門学校卒業後は、福岡に戻ってイタリアンの料理店で働きます。

4年間働いた後、一緒に働いていた先輩が大分でお店を開くため一緒についていきました。

その頃から家庭料理の延長にあるイタリアンのことは分かっても、フランス料理のことが分からないと思い始め、フレンチに転向することを決意し、福岡に戻り料理に力を入れている結婚式場で働くことに。

イタリアンだけで満足せず、フランス料理も学びたいと思ったことが、後々の料理人としてのキャリアに繋がっているんでしょうね!

 

第49次南極観測隊へ参加

(出典元:日本極地研究振興会

結婚式場で約4年働いた頃には、シェフ候補として一つの会場を任せられるようになった青堀力さん。

次のステップに選んだのは、南極観測隊でした。

第48次南極観測隊のときは応募も落選してしまいましたが、第49次南極観測隊で採用され、2007年11月~2009年2月頃まで南極料理人として働きます。

青堀力さんは、結婚式場で働き始めたときから一人前になったら南極料理人に挑戦すると決めていたんだとか。

そう決めてから約4年で南極料理人になれたので、目標を達成するまでのスピード感がすごいですよね!

思いが強い分、新しい知識や技術を習得するスピードが速いんでしょうね。

 

第49次南極観測隊参加後

南極料理人として働き、青堀力さんは和食や中華の知識がないと感じ、それらの知識をつけてからもう一度挑戦したいと思います。

帰国後、ラトビアに新設される日本大使館の公邸料理人を募集している話を聞き、今後のキャリアに役に立つと思い応募。

採用が決まると、赴任までの半年間、福岡県にある割烹料理店で日本料理を学んで、ラトビアに渡ります。

ラトビアにいる間は、休日にフランスやイタリアへ食べ歩きに出かけて勉強していたそうですよ。

イタリアンやフレンチなどを学ぶためにヨーロッパで修行する方も多いですが、青堀力さんの場合、このときが初めての渡欧です。

ラトビアでの経験は、視野が広がり、自信に繋がったということなので、選択は間違いではなかったということですね!

 

2011年にラトビアから帰国した後は、長野県白馬にあるスキー場が併設されたリゾートホテル「ホテルグリーンプラザ白馬」で5年間料理長として働き、経験を積みます。

西洋料理の料理長でしたが、中国料理を手伝うときもあったので、勉強になったそうですよ。

 

ちなみに、青堀力さんは2012年の秋、国際宇宙ステーションに滞在する日本人宇宙飛行士に向けの宇宙食の開発にも参加しています。

南極に出発する前にフリーズドライ食品の開発を手伝っていたことがきっかけで依頼があったんだとか。

南極料理人をきっかけに活躍の場がグッと広がっていますよね!

 

第58次南極観測隊へ参加

リゾートホテルで料理長を経験した後は、2回目となる南極料理人として、2016年11月から第58次南極観測隊に参加します。

2回目の参加ということで、前回の反省点を踏まえて準備し、納得のいく料理を提供することができました

また、料理を作るだけではなく、自由時間には南極も楽しむことができたようですよ。

 

第58次南極観測隊参加後

2018年3月に帰国した後、同年5月から日本海洋事業株式会社の司厨手として働きます。

司厨手とは海洋調査船などに乗って食事をつくる仕事で、1週間~2ヶ月ほど同じ船に乗って3食を準備します。

仕事内容としては、南極料理人と似ている部分がありますよね。

とはいえ、料理だけではなく、掃除やベッドメイキングなども担当するんだとか。

まさに料理人の枠を超えて、活躍の場を広げていますよね!

 

青堀力さん(南極料理人)は結婚して妻(嫁)がいる?

青堀力さんは結婚されており、奥様と子供さんがいます

奥様とは1回目の南極観測隊から帰国したすぐ後、2009年頃に結婚されたんだとか。

南極に行く前から交際されていたので、日本に残った奥様(当時は彼女さん)は無事に帰ってくるのか心配したんでしょうね。

2回目の南極観測隊のときには、すでに子供さんもいたようなので、現在は小学生くらいになっていると思います。

家を離れるときがある仕事なので、ご家族も理解されて、支えているんでしょうね!

 

まとめ

今回は、「青堀力(南極料理人)のwikiプロフィール!出身高校や経歴を調査!」をまとめました。

南極料理人として働いたこともある青堀力さんは、イタリアンから始め、フレンチ、和食料理、中華料理と料理全般の知識や技術を身につけました。

また、料理人という枠にはまらず、幅広く活躍されています。

きっとこれからも活躍の場を広げていかれるんでしょうね!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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