人物

バッハ会長の先祖は音楽家でない!国籍はドイツで年収や経歴がすごい!

この記事では、国際オリンピック委員会(IOC)会長のバッハ氏について、ご紹介します。

東京五輪を控えている中、来日や失言等で注目を集めているバッハ会長。

一部では先祖が音楽家という噂がありましたが、ドイツ国籍のバッハ氏は音楽家の家系ではなく、実家は仕立て屋ということが分かりました。

そして、年収やこれまでの経歴もすごいんです!

そこで、「バッハ会長の先祖は音楽家でない!国籍はドイツで年収や経歴がすごい!」と題して、

  • バッハ会長の先祖や実家
  • バッハ会長の年収
  • バッハ会長の経歴

をまとめてご紹介します。

バッハ会長の先祖は音楽家でない!国籍はドイツ!

先祖が音楽家ではないかと噂されているバッハ会長。

結論からいいますと、バッハ会長の先祖は音楽家ではありません

そもそも何故、バッハ会長の先祖が音楽家と噂されたのか。

それは、あの有名な音楽家のヨハン・ゼバスティアン・バッハ氏と名字が同じだからです。

 

おそらく誰もが、音楽家のバッハの名前を一度は聞いたことあるでしょう。

バッハ会長も音楽家バッハもドイツ出身です。

名字が同じだと、血縁関係にあるのかなと思ってしまいますよね。

ですが、「バッハ」はドイツではよくある姓で、音楽家のバッハとは全く関係ない家系です。

参考

バッハという苗字を現代ドイツ語で訳すと、「小川」という意味になります。

つまり、バッハ会長や音楽家のバッハが日本人だったとすると、「小川さん」なんですね。

なんだかバッハ会長に親近感が湧くのは私だけでしょうか?笑

 

バッハ会長の実家は仕立て屋

バッハ会長の実家は仕立て屋をされていました。

今でこそ、バッハ会長は

  • お金を持っている
  • 貴族

というイメージがありますが、貧しい家庭で育ちました

少し意外ですよね!

 

なんでも、ソ連の捕虜収容所からの帰還者であるお父様は、心臓に病気を持っていました。

何度も発作を起こし、入退院を繰り返すほど軟弱な体でした。

そのため、お母様が一家の大黒柱となって、仕立て屋として家計を支えていたのです。

そして、バッハ会長が14歳のときに、お父様が亡くなり、母子家庭で育ちました。

 

裕福とはいえない家庭ではありましたが、お母様は

「お金がないからといって子供の選択肢を狭めたくない。」

という考えだったのでしょうか。

バッハ会長は地元のフェンシングクラブでスポーツを始めています。

結果的に現在、IOCの会長をされているので、立派に成長されたことをご両親も喜んでいそうですね。

バッハ会長の年収がすごい!

貴族というイメージが強く、ぼったくり男爵という異名まであるバッハ会長。

実際、どのくらいの年収を貰っているのか調べてみると、少なくとも年収3000万円以上、貰っていることが分かりました。

引退後、弁護士となった彼は1991年にIOC委員に就任。現在は9代目会長として年間約3000万円の報酬を受け取るだけでなく、IOCが設立した財団の理事長や、子会社の社長も兼務し、それらの報酬は非公開とされています。

(引用:Yahoo!ニュース

まず、IOC会長という肩書で、年間約3000万円貰っています。

3000万円・・・

日本の平均年収が436万円(※)といわれていますので、一般的には間違いなく多い金額です。
(※令和元年の国税庁の民間給与実態統計調査によります)

ですが、IOC会長という立場ということを踏まえると、意外と少ない気もしますね。

とはいえ、IOC会長以外にも

  • 財団の理事長
  • 子会社の社長

という肩書もありますので、全てを含めると年収5000万円以上貰っている可能性がありそうです!

貧しい家庭で育ったことを考えると、まさにシンデレラ・ボーイといえますね。

 

バッハ会長の経歴

バッハ会長には、

  • スポーツ選手
  • 弁護士
  • 団体役員
  • 政治活動

などのように、様々な経歴があることが分かりました!

 

バッハ会長のスポーツ選手としての経歴

最初にバッハ会長が活躍されたのは、スポーツ選手としてでした。

1970年代にフェンシングクラブに所属し、フェンシング選手として活動していたバッハ会長は、これまでに、

  • オリンピックで38個
  • 世界選手権・欧州選手権では298個

メダルを獲得しているんです!

正直、スポーツをされていたイメージがありませんでしたので、驚きました。

バッハ会長がメダルを獲得された大会を一部、ご紹介します。

  • 1971年 世界ジュニア選手権 銅メダル
  • 1973年 フェンシング世界選手権 フルーレ団体 準優勝
  • 1976年 モントリオール五輪 フルーレ団体 金メダル
  • 1977年 世界選手権 フルーレ団体 優勝
  • 1978年 ヨーロッパ・チャンピオンズカップ フルーレ団体 優勝
  • 1979年 世界選手権 フルーレ団体 銅メダル

1970年代後半は毎年のように入賞するなど、輝かしい成績としか言いようがありません!

バッハ会長の弁護士としての経歴

バッハ会長はスポーツ選手として活動するかたわら、勉強にもしっかり取り組み、弁護士としても活動されています。

フェンシング選手として活躍されていた1973年~1979年に、ヴュルツブルク大学法学部で法律・政治学を学び、1979年に第一次国家試験(司法試験)を通過。

その3年後の1982年には司法研修期間を終えて、第二次国家試験(司法試験)に合格しています。

そして、自身の弁護士事務所も設立してました。

フェンシングを辞めたのは、弁護士としての道が開けたからなのでしょうか。

様々な会社で責任者、顧問などの重要なポストを任された経歴があります。

スポーツ用品大手メーカーのアディダスで国際関係部局の責任者を務めたことも。

オリンピックや世界選手権などでメダルを獲るために、競技のみに専念している選手が多い中、フェンシングと勉強を両立するバッハ会長、ただものではないですね。

 

バッハ会長のスポーツ団体職の経歴

現在、IOCの会長をされているバッハ氏ですが、フェンシング選手として活動していた1975年からスポーツ団体の委員として活動していました。

これまでバッハ氏が歴任した団体がこちらです。

  • 1975年~1979年 西ドイツ・フェンシング連盟のスポークスマン
  • 1981年 IOC新設のアスリート委員会の委員
  • 1982年 西ドイツ・オリンピック委員会の委員
  • 1991年 IOC委員
  • 1995年 スポーツ仲裁裁判所控訴部の代表者
  • 1996年 IOC理事
  • 2006年 ドイツ・オリンピック・スポーツ連盟 名誉会長

一部しかご紹介できておりませんが、様々な委員・役職を歴任されていることが分かります。

ドイツ国内だけではなく、世界的にもバッハ氏の存在が大きいということでしょう。

2016年10月には、筑波大学で講演したことを機に、筑波大学の名誉博士号も贈られています。

 

バッハ会長の政治活動の経歴

そして、スポーツ選手、弁護士、スポーツ団体職という立場だけにはとどまりません。

ドイツ自由民主党の党員として、第14回(2010年)連邦会議の議員を務めた経験もあります。

 

このように様々な顔をもつバッハ会長。

バッハ会長って何者?

を思う方も多いようですが、これほど経歴があることから、一言で言い表せないですね。

 

バッハ会長のプロフィール

名前トーマス・バッハ
生年月日
(年齢)
1953年12月29日
(67歳)
出身地ドイツ・バイエルン州ヴュルツブルク

バッハ会長は、ドイツ語や英語の他にも、スペイン語、フランス語も話すことができます。

まとめ

以上、「バッハ会長の先祖は音楽家でない!国籍はドイツで年収や経歴がすごい!」をまとめました。

  • バッハ会長と音楽家バッハは関係ない
  • 年収は5000万円以上あると思われる
  • フェンシング選手や弁護士、政治家としての活動経験がある

バッハ会長は、音楽家バッハとは関係なく、ご実家は仕立て屋をしていました。

ご実家は貧しい家庭でしたが、フェンシング選手、弁護士、スポーツ団体委員など様々な肩書を経て、今や年収5000万円以上と予想されます。

東京五輪を控え、今後もバッハ会長の言動が注目されそうですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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