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小室圭の生い立ちと経歴!性格や人柄は幼少期の家族トラブルが関係?

ついに眞子さまとの結婚が秒読みとなった小室圭さん

当初は好青年という印象でしたが、金銭トラブルや詐称疑惑が浮上し、印象も変わりつつあります。

様々な声があっても、眞子さまとの結婚という意思を貫く小室圭さんをつくったのは、幼少期の家族トラブルが関係しているのではないかと思います。

この記事では、「小室圭の生い立ちと経歴!性格や人柄は幼少期の家族トラブルが関係?」と題して、小室圭さんのこれまでを振り返ります。

小室圭の生い立ちと経歴|泣き虫王子だった幼少期

1991年10月5日、神奈川県横浜市の一般的なサラリーマン家庭で生まれた小室圭さん。

父・敏勝さんは横浜市の職員として働いていました。

母・佳代さんはケーキ屋で働いていたという情報がありますが、ケーキ屋で働き始めたのは、2001年頃ともいわれています。

後ほどご紹介しますが、2001年頃というのは父の敏勝さんが亡くなった頃。

おそらく、それまでは専業主婦だったのでしょう。

 

佳代さんが教育熱心だったこともあり、小室圭さんは3歳からバイオリンを習い始めました

当初は、バイオリンを持ったまま居眠りをすることもあったようですが、上達し、今では趣味といえるに。

また、4歳になる年には、大倉山アソカ幼稚園に入園しました。

幼少期の小室圭さんはよく泣く子だったようですので、今の小室圭さんを思うと、人柄が違うようにも思えます。

小室圭の生い立ちと経歴|性格が変わった小学時代

将来は音楽関係の仕事をさせたいという佳代さんの思いがあり、小室圭さんは1998年4月に国立音楽大学付属小学校に入学。

今でこそ、眞子さまとの結婚を貫くという強い意志がありますが、子供の頃は、どちらかといえば佳代さんが全てを決めていました。

お店に来ると、佳代さんが旦那さんと圭くんの食べ物や飲み物のメニューを全部勝手に決めちゃうんです。圭くんはもちろん、旦那さんも何も言わない。というか、旦那さんの声を聞いたことがないと思うほど、佳代さんが主導権を握っている家族でした。

(引用:週刊女性プライム

勝敏さんは穏やかで、いつもニコニコして優しい印象の方だったという証言もあることから、小室家では佳代さんが絶対だったのでしょう。

 

クラスの人気者だった小学校4年生まで

小室圭さんが通っていた小学校は女子が多い学校。

1クラスに男子は6人にしかおらず、2クラスしかなかったことから、男子にとっては小さなコミュニティでした。

周囲から「こむっち」の愛称で親しまれていた小室圭さんはクラスの人気者

みんなを笑わせるユーモアも持っており、クラスの中心的存在でした。

小室圭

(出典:文春オンライン

また、両親のことを「お父さま」、「お母さま」と呼んでおり、品が良い子として学校内でも有名な存在だったとのことです。

一般的なサラリーマン家庭出身ではありますが、佳代さんの意向で言葉遣いなど、厳しく躾けられたのでしょう。

 

小学4年生の3月に父が他界

順調な学生生活を送っていた小室圭さんの生活は、父が亡くなったことで一転します。

父・敏勝さんは

  • 異動による仕事のストレス
  • マイホーム建築を巡っての姑と佳代さんの衝突

が原因で2001年夏頃から体調を崩しはじめ、2002年3月、小室圭さんが小学4年生のときに河川敷で自ら命を絶ったのです。

亡くなった知らせが入るまで、小室圭さんは佳代さん、敏勝さんのご両親や親族と一緒になかなか帰ってこない敏勝さんを待っていました。

重い空気が漂う中、佳代さんが突然、怒鳴り始めます。

突然、仁王立ちになって大声で義父に向かって怒鳴り散らし始めたのだ。

「小室は自殺している! それは全部あなたたちのせいだ!」

反論せず、じっと床を見つめて耐えている祖父の頭上に、更なる怒鳴り声が突き刺さる。

「あなたたちの愛情が足りないから彼は自殺したんだ!!」

小さな祖父の背中は、佳代さんの大声に反応する機械のように、罵声を浴びるたび、どんどん丸く小さくなる。その怒号がやんだのは、見かねた親族が割って入ってからだった。

(引用:NEWSポストセブン

当時のこの光景は小室圭さんにとって異質のようにも思え、衝撃的だったことは容易に想像ができます。

おそらく今でも脳裏に焼き付いているのではないでしょうか。

 

小学5年生から性格が変わる

父の死に大きなショックを受けた小室圭さん。

精神状態が不安定で、電車の中で突然倒れてしまうこともあるくらいでした。

そんな小室圭さんのことを気遣って一緒に登校してくれていた友人がいましたが、小学5年生の夏頃から小室圭さんはその友人に対して、心無い行動をするようになります。

『何時何分の電車の何号車で』という待ち合わせをしたんだけれど、、圭くんは待ち合わせに現れなかった。それなのに、国立駅で降りると彼がいて、ガキ大将と一緒にケタケタ笑っていたんです。そんなことが毎日のように続いた。圭くんは僕が電車の中で彼を探す姿を、隣の車両から隠れて見ていて、おもしろがっていたのです。その後も急に無視をしたり、容姿をバカにするあだ名をつけたり。

(引用:Yahoo!ニュース

とはいえ、ガキ大将が一緒にいないときは優しかったんだとか。

この頃、小室圭さんは佳代さんに対して、

「僕がついているから大丈夫だよ」

と声をかけていました。

父が亡くなった後、シングルマザーで育ててくれる母を見て、強くならなければいけないと思ったのかもしれません。

ですが、「強く」の意味をはき違えてしまったようにも思えます。

 

この頃にお金の大切さを学んだ?

勝敏さんが亡くなった後、住んでいた横浜市内の住宅のローンを返済する必要がなくなった小室家。

また、勝敏さんが亡くなった1年後には、勝敏さんの父も亡くなってしまいます。

勝敏さんの父、つまり小室圭さんの祖父は土地などの大きな資産を持っていました。

そのため、佳代さんは孫の小室圭さんにも相続する権利があると主張。

結果的に、小室圭さんの叔父が土地を相続し、土地と同等のお金が小室圭さんに支払われることになりました。

父が亡くなった後、奨学金を借りる話もありましたが、相続金によって借りる必要もなくなったという話もあります。

幼いながらにお金の重要さを感じたのではないでしょうか。

小室圭の生い立ちと経歴|海外での活躍を夢み始めた中学時代

小室圭さんが通っていた国立音楽大学付属小学校の卒業生は、国立音大付属中学校に進む生徒も多いです。

ですが、父の死をきっかけにバイオリンを辞めた小室圭さんは、海外で活躍したいと思うようになり、カナディアン・インターナショナルスクール・中学部に入学します。

小学校入学時は佳代さんの言いなりでしたが、この頃には自分の意思を主張し始めていることが分かります。

佳代さんも学費を捻出するために都内のケーキ屋さんで働き始めました。

買い物や美容院に行くときも一緒だったようですので、小室圭さんと佳代さんの親子仲が深さは相当なものです。

 

佳代さんと元カレを別れさせる

敏勝さんが亡くなってから、20歳くらい年上の彫金師の男性と交際を始めた佳代さん。

男性の仕事が順調なときは良かったのですが、男性が病気を患い、仕事も上手く回らなくなり、小室家に住み着くようになりました。

収入ゼロで働かない男性を見かねた小室圭さんは、

「いい加減にして欲しい」

と言い、男性と対立

2007年頃に、佳代さんと男性は別れることになりました。

苦労する母を見たくないという思いだったのでしょうか、働かざるもの食うべからずですね。

泣き虫だった幼少期を考えると、母の彼氏と対立するとはやはり性格が変わったようにも思えます。

眞子さまとの結婚後、小室圭さんが家計を支えることになるでしょう。

警備なども考えると、しばらくはカツカツの生活になる可能性もありますが、眞子さまにも働くように言うときがこないことを祈りたいものです。

→小室圭はコネ入社?就職先にNY法律事務所を選んだ基準は年収?

 

小室圭の生い立ちと経歴|アルバイトでは真面目と評判の高校時代

2007年9月、カナディアン・インターナショナルスクール・高等部に入学した小室圭さん。

学費の足しにするために、高校3年生になるとフランス料理店で働き始めます。

勤務態度は真面目だったようで、オーナーが調理場の下水口の詰まりを直していると、嫌な顔もせずにサッと自主的に手伝ってくれたんだとか。

根の部分はいい人なのでしょう。

 

小室圭の生い立ちと経歴|海の王子と呼ばれた大学時代

小室圭

2010年9月、眞子さまと出会うことになった国際基督教大学(ICU)に入学した小室圭さん。

2010年には「湘南江の島 海の女王&海の王子コンテスト」で「海の王子」に選ばれ、湘南観光のPR活動をされていました。

また、2011年にはアナウンサーの道も視野に入れて、アナウンススクールに3ヶ月間通っていた時期も。

2012年、大学3回生のときはTOEICで950点をとり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学するなど、学業もプライベートも充実した大学生活を送ります。

 

元婚約者に金銭的支援をしてもらう

母子家庭でありながら、私立大学に通い、留学し、アナウンススクールに通うなど、金銭面で不自由なくやりたいことに挑戦するためには、佳代さんの恋人の存在が欠かせませんでした。

佳代さんは彫金師の男性と別れて間もなく、後に金銭トラブルが報じられる男性と交際開始。

2010年には結婚を約束して、家族ぐるみで付き合います。

その男性は小室圭さんの父親代わりになろうと、高級フランス料理店で小室圭さんの誕生日を祝ったことも。

その際、大人になった小室圭さんにお祝いの意味を込めて、デザートプレートに

傑出した圭へ ようこそワーキング・クラスへ

と記したところ、後日、佳代さん経由で、

「ワーキング・クラスの英語がおかしい」

と指摘が。

TOEIC950点ですので、嬉しいという気持ちよりも気になる気持ちが勝ったのでしょう。

お祝いしてくれた相手にこの指摘をする良し悪しはさておき、間違っていることは間違っていると主張する性格は、弁護士に向いているのかもしれません。

働かない彫金師の元カレとは対立しましたが、支援してくれる男性に感謝の気持ちを伝えていたようですので、最低限の礼儀をわきまえていることが伺えます。

とはいえ、精一杯の支援をする婚約者に対して、佳代さんは他人同然のような態度をするため、婚約者の気持ちは冷めてしまい、2012年に婚約解消しています。

 

小室圭の生い立ちと経歴|付き合いの悪かった銀行員時代

大学を卒業した後、小室圭さんは三菱東京UFJ銀行に就職。

高学歴エリートが集まる丸の内支社に配属されますが、他人と交流しなかった小室圭さん。

眞子さまと交際されていたので、隠すためにあえて付き合いを悪くしていたのかもしれません。

  • トイレや廊下で会っても挨拶しない
  • 視線を合わせない
  • 皆で食事している時でも黙々と食事に集中する

など、かなりの徹底ぶり。

そのため、上司から「英語はできるけど、業務がちょっと・・・」と悪口を言われることもありました。

また、同僚は仕事上のコミュニケーションもとれていないと感じることもあったそう。

結局、2年弱で退職しています。

小室圭の生い立ちと経歴|パラリーガル時代

銀行を退職した後は奥野総合法律事務所で、パラリーガルとして働き始めます。

そして、2017年に眞子さまと一緒に婚約内定記者会見に出席。

このときは、日本中に好青年という印象を与えました。

小室圭

が、後に佳代さんと元婚約者の金銭トラブルが明るみに。

十分な説明がされないまま、小室圭さんは2018年8月に渡米し、フォーダム大学に留学しています。

2021年4月には「小室文書」と呼ばれる、金銭トラブルに関する説明文書が公表されるのも、小室圭さんの主張がメイン。

そして、2021年9月の帰国直前の突撃インタビューに対して、

  • 無言&無視
  • ポケットに手を入れる

という態度をとったことが注目を集めています。

→小室圭に整形疑惑!目と眉毛が変わった理由は痩せたから?

 

これまでの小室圭さんの生い立ちや経歴を見てみると、

幼少期は佳代さんの言いなりも、小学時代にはクラスの人気者でしたが、父が亡くなったことで一変。

母を支えることができるくらいに強くならないといけないという思いがいきすぎ、自分を強く主張しすげている感も否めません。

根は人を思いやることのできる優しい心を持たれていると思いますので、その部分が伝わってこないのが残念といえるでしょう。

→眞子さまのニューヨーク仕事先はアメリカ自然史博物館か!給料は300万以上?

→佳子さまの結婚候補はご一家公認の東京農大出身イケメン?リーズ大学留学中に出会う!

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