人物

清水広貴(プロ野球)の高校大学など学歴!wikiプロフや経歴も調査!

2021年4月26日放送の「激レアさんを連れてきた」に出演された清水広貴(しみず ひろたか)さん

清水広貴さんは、プロ野球選手になりたい思いが強いあまり、さまざまな手をつかって海外のプロ球団に自ら働きかけ、ブチ切れられたという経歴の持ち主です。

どんな方なのか詳しく知りたくなった方も多いのではないでしょうか?

そこでこの記事では、「清水広貴(プロ野球)の高校大学など学歴!wikiプロフや経歴も調査!」と題して、

  • 学歴
  • wikiプロフィール
  • 経歴

をまとめてご紹介します!

清水広貴さん(プロ野球)の高校大学など学歴

清水広貴さんの出身高校

清水広貴さんの出身高校は、神奈川県立光陵高校です。

光陵高校の偏差値は67といわれているので、かなりの高学歴

激レアさんで紹介されたエピソードを聞くと、

野球だけをされていたんだろうな。

という印象ですが、実は清水広貴さんが野球一筋になったのは、高校3年生の夏、神奈川大会の2回戦で負けてしまったことがきっかけです。

それまでは真面目に野球をする感じではなかったんだとか。

進学校ともいえる光陵高校に通っていたので、どちらかといえば勉強のほうを優先していたのかもしれませんね。

 

ちなみに、出身小学校・中学校は地元・神奈川県横浜市にある公立の学校です。

残念ながら学校名は分かりませんでしたが、進学校出身のことを考えると、中学時代から勉強をされていたのは間違いないでしょう。

 

清水広貴さんの出身大学

高校卒業後、清水広貴さんは一浪して、横浜国立大に進学し、卒業しています。

学部にもよりますが、横浜国立大学の偏差値は54~71

横浜国立大学は偏差値が高い国公立大学でありながら、強豪ひしめく神奈川大学野球リーグの中でも善戦しています。

同期には元プロ野球の北川智規さんもおり、当時の横浜国立大学は神奈川大学野球1部リーグでプレイしていました。

横浜国立大学に進学したのは、勉強も野球、どちらにも本気で取り組みたかったのかもしれませんね。

清水広貴さん(プロ野球)のwikiプロフィール

(出典:文春オンライン

名前清水 広貴(しみず ひろたか)
生年月日
(年齢)
1978年1月18日
(43歳)
身長/体重178cm
出身地神奈川県横浜市

 

清水広貴さん(プロ野球)の経歴

略歴

2001年3月 横浜国立大学卒業

2001年2月~同年6月 台湾プロ野球リーグ「中信鯨」の練習生

2003年4月~同年9月 カナダプロリーグ「サスカトゥーンレジェンズ」のプロ野球選手に

2004年~2005年7月 中国プロリーグ「四川ドラゴンズ」

2014年 アメリカ独立リーグでアシスタントトレーナーに従事

2015年~ 鍼灸院で働く

学生時代

高校3年生の夏、神奈川県大会2回戦で敗退したことをきっかけに、本気で野球に取り組み、プロ野球選手になることを決意した清水広貴さん。

横浜国立大学に入学早々、際立つ成績がないにもかかわらず、プロ野球選手になることを公言していたため、仲間からは「プロ注」と呼ばれていたんだとか。

口だけでなくジムを契約して、毎日ウェイトトレーニングをして体作りに励みました。

その成果もあってか、大学2回生の秋には4番を任され、本塁打を打つ実力に。

 

ですが、3回生からは思ったような結果を残すことができませんでした。

3回生にもなると、大学卒業後の進路を考えて、就活や大学院に進む準備をするのが一般的です。

ところが、清水広貴さんの場合は、野球で上を目指すために台湾に行くことに

4回生の4月には、台湾の全プロ球団に、無給でいいので練習生として雇って欲しいと手紙を送り、6月には直接、球団に押しかけました。

台湾にプロ野球があることを知ってから、横浜中華街でアルバイトしたり、中国語の勉強をしていたようなので、計画的ですね!

門前払いされる球団もありましたが諦めず、縁あって2001年、大学4回生の2月に台湾プロ野球リーグ「中信鯨」の練習生になることができました。

 

大学卒業後、プロ野球選手になるまで

大学卒業式にも参加せず、台湾に渡り、練習生として野球に打ち込んでいたところ、監督がその姿を見て試合に出してくれるように。

社会人・大学チーム混合のリーグに出場すると、首位打者と盗塁王になる活躍

そこで、一緒に練習させてほしいと監督に懇願。

そのかたわら、選手から練習参加を承諾する署名を集めていると、そのことがバレて2001年6月にクビになってしまいました。

 

帰国後、一旦は神奈川県野球連盟「相模原クラブ」で1年間プレーするも、海外にチャンスを求めた清水広貴さん。

アメリカ独立リーグのトライアウトは不合格になりましたが、2002年9月からオーストラリアのブリスベンリーグ「サーファーズパラダイス ブルーウェイブ」でプレイできることに。

「サーファーズパラダイス ブルーウェイブ」では、2003年3月までプレイしています。

 

念願のプロ野球選手に

プロ野球選手になる念願の夢が叶ったのは、2003年4月。

新たに発足したカナダプロリーグ(CBL)の「サスカトゥーンレジェンズ(Saskatoon Legends)」にてプロ野球選手としてプレイできることになりました。

 

とはいえ、とんとん拍子で決まったわけではありませんでした。

合格が決まるスプリングトレーニングに参加するための航空券が届かず、遅れて参加し、プロ契約を勝ち取れず・・・

それでも諦めることができず、翌日、球場に行き、対戦相手がベースランニングしているところにスタンドのフェンスを越えて乱入

俊足をアピールして、入団させてもらえるように頼んだところ、球団関係者が「サスカトゥーンレジェンズ」を紹介してくれることに。

受験後、ファミレスの駐車場で素振りをしている姿を首脳陣が見て、合格となりました。

やっぱり行動力には驚かされますね(笑)

給料は約12万円と、他の選手の3分の1程でしたが、お金のことは気にならならず、相当嬉しかったでしょうね!

 

とはいえ、その2ヶ月後にはリーグ収支悪化のため打ち切られることに。

一旦、以前にも所属していた、オーストラリア・ブリスベンリーグ「サーファーズパラダイス ブルーウェイブ」にてプレイし、2004年から中国プロリーグ「四川ドラゴンズ」に加入

2005年7月までプレイし、27歳のときに現役を引退しました。

念願のプロ野球選手になるも、2ヶ月で打ち切られるとは、波乱万丈ですね・・・

野球愛が強い清水広貴さんを見ていると、以前、激レアさんで紹介された卓球ストーカーの岩城禎さんを思い出すのは私だけでしょうか?笑

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鍼灸マッサージ師に転身

メジャーリーグでプレイすることが叶わなかった理由は、”姿勢”にあると思い、現役引退後は、鍼灸・マッサージの専門学校に通うことに。

そのかたわら、アルバイトをしたり、横浜国立大学野球部コーチもつとめています。

中国プロリーグ「四川ドラゴンズ」でプレイしているときには、野球よりも人体の仕組みなどに興味が移っていたそうですよ。

野球に真剣に取り組んだからこそ、鍼灸マッサージ師として道が拓けたんでしょうね。

 

やりたいと思ったことに、とことん情熱を注ぐ清水広貴さん。

鍼灸マッサージ師の道も追及し、2014年にはアメリカ独立リーグでアシスタントトレーナーをつとめることに。

2015年からは日本の鍼灸院で働き、現在は、鍼灸マッサージ師として独立しています。

治療を行う相手は高齢者の方が多いようですが、野球選手・トレーナーとしての経験はきっと活かされているんでしょうね!

まとめ

以上、「清水広貴(プロ野球)の高校大学など学歴!wikiプロフや経歴も調査!」をまとめました。

「激レアさんを連れてきた。」に出演された清水広貴さんは、神奈川県立光陵高校卒業後、一浪して横浜国立大学に進学しています。

高校3年生の夏、プロ野球選手になると決意し、球団に手紙を送ったり、押しかけたり、フェンスを越えてアピールをしてきました。

その行動力があったからこそ、プロ野球選手になっているので、行動することの大切さを実感しますね。

これからも、持ち前の行動力で鍼灸マッサージ師として、活躍されるのではないでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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